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建築家
安藤忠雄さん

今回のゲストは世界的な建築家の安藤忠雄さんです。建築界のカリスマと呼ばれる安藤さんは、これまでの人生と建築を語った初の自伝「建築家・安藤忠雄」を新潮社から出版されました。
安藤さんの人生が書かれた「建築家・安藤忠雄」
菅原:
今日は「建築家・安藤忠雄」というすばらしい本。できたてのホヤホヤを先生をお相手ながらお話を伺いたいと思います。よろしくお願いします。

この本はとても厚いんですけど、写真がすばらしくて写真見てるだけですごく楽しいですね。
安藤:
アラーキーさんが撮ったんですけど、彼はもう来られた時に1000円くらい簡単なカメラで撮り始めたんです。私が「アラーキーさんそんなカメラで大丈夫か?」と聞くと「写真は機械で撮るわけではない。自分の気持ちで撮るんだ。」と言われて、「なるほどな。」と思いました。
菅原:
モノクロだから、かえってコンクリートの質感というんですか、光と影と。そういうものがすごく端的に表現されてますよね。
安藤:
やはり、あの、すべてカラーですが、私はモノクロの写真の方がイメージを伝えやすいと思うんですけどね。
菅原:
そうですね。この本のテーマにあるコンクリートとモノクロ写真はものすごく直線的につながりますよね。
安藤:
そうですね。
菅原:
そういう意味で、写真が楽しいっていうのがあるんですけど、今まであちこちで安藤先生のことは伺ってはいますけど、どういうふうな人生を送られたかというのは全然知らなかったことがあり、そういうエピソードがたくさん入ってて、それがまたすごくおもしろかったといったら失礼ですけど、おもしろいですよね。話として。
安藤:
まぁ、あの、評判というのは勝手に一人歩きしますから、私大阪にいますから、東京の人たちにとっては大変評判の悪い、変わったやつがいるなと。そんな感じなんですね(笑)

それも、しかたがないと思うんですけれども、なかなかイメージが一人歩きしておりまして、ずいぶん変わった人間だと思われているところもあるんですけど、実はあんまり私は変わってないんじゃないかと思ってますけどね。
菅原:
大阪っていうところはやっぱり本音で話す。
安藤:
そうそうそうそう。
菅原:
それから本音で闘う。それで自分の要求ははっきり通す。曖昧にしないってところがありますよね。そういうふうな意味でご自身の建築の中に「自己表現をはっきりと表現するために闘う部分というのがあった」と書いてらっしゃいますけど、大阪人という部分と重なるんでしょうか。
安藤:
大阪人というのはね、例えば明治にかけて適塾という福沢諭吉さんらが出て行く学校があるんですが、緒方洪庵塾というんですが。これは東京の学問に対して実学なんですね。実学が大阪の原点だと。だから、非常にダイレクトに伝わってきますから、どうしても東京の人たちにとってはやりにくいと。ダイレクトすぎるということになるんでしょうけど、大阪で生まれて、大阪で育ってよかったって思う面と、どうも大阪からでは東京で仕事したり外国で仕事するのは難しいなと思っています。

建築の専門学校を出たわけでなく、大学教育も受けられなかったものですから、自分で建築を勉強しようとやりはじめた学歴のない社会基盤のない人間に、仕事をさせてやろうというやつがいたから、学びながら仕事してきたわけですからね。勇気のある大阪人がまだ1960年代にいましてね。この人たちのおかげで建築の設計事務所ができるわけですから、この人たちに義理が悪いだろうと。

そしてできれば、乗る人間にも一流大学行って一流企業行くというコースだけじゃなくて、どの人間にも可能性があるということをこの本で少しくらい書きたかった。そのためには「勉強せないかんぞ」ということを考えていましたね。

菅原:
そういう意味では、今、格差社会といわれ、一度そういうエリートコースに行かなかった人はもうチャンスがないのか。というような闘う前のあきらめみたいなものが社会全体に蔓延している中ではこの本の中の希望ですね。若い人達が「青年よ大志を抱け」というふうな「学歴じゃないよ」というハングリーで自分でがんばっていくゲリラ精神を持てば夢も叶うことがある。
安藤:
ありますよ。だけど、一流大学で一流企業に行ったからといって必ず夢が叶うわけじゃないわけですね。ならば、自分で切り開いていくこと、切り開いていく勇気と忍耐力、自足の精神があればね、どないにでもなりますよ。私は学校を卒業してませんので一つづつの仕事を卒業設計だという気持ちでやればですね、クライアントとはぶつかりますよね。こっちがすることばっかり考えてる。相手は気楽に話をしてくる。と。カッカカッカとしておりましたけど、その気持ちがある限りはやっぱり設計家をやっていきたいなと思っていますけどね。

安藤忠雄

昭和16年大阪生まれ。独学で建築を学び、昭和44年に安藤忠雄建築研究所を設立。昭和54年日本建築学 会賞、昭和60年アルヴァ・アアルト賞、平成元年度フランス建築アカデミー大賞(ゴールドメダル)など。瀬戸内海の破壊された自然を回復させるため中坊公平氏と共に「瀬戸内オリーブ基金」を平成12年 に設立。アメリカイェール、コロンビア、ハーバード大学客員教授歴任。平成9年から東京大学教授、 現在、名誉教授。